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〒428-0047 静岡県島田市金谷新町14-2
〒428-0008 静岡県島田市竹下62
観光情報 - 文学・句碑
所在地
静岡県島田市河原1
箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ大井川 大井川 川越遺跡(おおいがわ かわごしいせき) 江戸時代、旅人が大井川を渡るためには、人足に肩車をしてもらうか、輦台(れんだい)というみこしのような乗り物に乗り、担いでもらっていました。 その「川越し」の料金所(川会所)や、人足の待合所(番...
観光施設
歴史
文学・句碑
東海道
お花見
文化財
所在地
島田市河原1-5-50
島田市博物館について  旅と旅人 島田市博物館では、江戸時代の大井川島田宿の川越しをわかりやすく紹介する常設のほか、特別展を開催しています。 立体的な映像のジオラマビジョンで島田宿の様子を見ることができます。 常設展示 「大井川、島田宿、川越し」 江戸時代、旅人は肩車や連台で大井...
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文化施設
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東海道
文化財
所在地
島田市坂本
今井信郎 屋敷跡 今井信郎/いまい のぶお:〈天保12(1841)年~大正7(1918)年〉 ~坂本龍馬を襲撃し、暗殺した実行犯の一人と云われながら、地域経済、産業、教育文化に携わり郷土の繁栄に尽力した。1906年初倉村第4代村長~  今井信郎は天保12(1841)年、江戸に生まれる。安政5(1838)年18才の時...
歴史
文学・句碑
所在地
静岡県島田市大井町2316(大井神社内)
島田の三賢人とたたえられた3人の事跡を伝える 長谷川藤兵衛島田代官と桑原黙斎を顕彰する碑 長谷川藤兵衛長盛 生年不詳〜1610(慶長15) 駿河国志太郡大草の郷土、家康に仕えて軍忠を尽くし島田代官を命ぜられました。 以後、長親・長勝・長春・勝峰と五代島田の代官を襲封しました。 この間、向谷地先の修...
歴史
文学・句碑
所在地
島田市金谷東2丁目13−2 (宅円庵)
歌舞伎「白波五人男」の日本駄衛門のモデル、大泥棒「日本左衛門」 日本左衛門は江戸時代、街道筋の諸国を荒らしまわった強盗団の首領。手下の数は200人にのぼるとも言われています。 本名を浜島庄兵衛といい生まれは定かでなく、京都某家の浪人だったという説があります。 遠州豊田郡向笠中村の役所に提...
歴史
文学・句碑
所在地
島田市向谷水神山中腹
河伯祠 煙厓 荒浪担 滔々堰水掠厳流 厳上古祠桜稠 春色應撩榜人意 落花霰僕行舟   煙厓 1870(明治3)〜1954(昭和29) 母校講師のち東上、漢書、速記術、英文を学ぶ、貴族院速記者40年、この間漢詩会入り、詩人としても一家をなした。
文学・句碑
所在地
大井川河川敷 蓬莱橋北側の橋番小屋から河川敷を降りた広場内
銃を担いてとおったか この橋板のぶ厚さ 田中波月 第二句集「野」に、ほうらい橋四句と小見出しがあり、その最初の作品。 「銃を担いで」と兵士の苦悩を自らの苦悩とした作者の人間主義がある。
文学・句碑
所在地
島田市船木3500(静岡カントリー島田ゴルフコースのクラブハウスの奥)
手なれつる 玉の小琴の緒をたゝむ  古りししらべは 聞く人もなし 勝海舟が大草高重の墓碑書きを縁者よりの依頼で受けた際、この歌もしたためて下されたものと云う。 歌の意 使い慣れたいとしい琴だけれど もう糸(弦)を切ろう、古い調べなどもう聞く人もなくなったから、世も変わり時も移り、友人知人も...
文学・句碑
所在地
島田市河原1丁目 (博物館前の朝顔の松公園内)
稗しごくとこぼれ太陽のふところに 田中波月 1904(明治37)〜1966(昭和41) 俳人 句意 穂を重く垂らした稗を手ににぎりしめて強くしごくと、ぽろぽろと完熟の実が太陽の光に輝き乍らこぼれることだ 【島田市HPより】 島田宿には、俳人松尾芭蕉も4日間滞在し、多くの句を残しています。市内にも...
文学・句碑
所在地
蓬莱橋番小屋前
五百五十間の 長い木橋が ゆらゆらと揺れる… 石原 純  1881(明治14)〜1847(昭和22) 理学博士、歌人。 大正14年8月、蘭契会主催の島田夏期講座に講師として来訪し、滞在中に会員に誘われて蓬莱橋のほとりで晩涼のひとときを楽しんだ際の即吟である。
文学・句碑
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